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ヴァルタータの忌子

この世界に陽は昇らない。
空は絶え間なく灰を吐き、大地は黒く裂け、血と鉄の匂いが空気を満たしている。
息を吸うたび肺が焼け、命を刻むたび魂が削られていく。

ここは魔界――
虚王エレディアがかつて支配していた地。
秩序とは、暴力と恐怖によって辛うじて繋ぎ止められていた絞首縄だった。
だがその王は、自らの心臓を喰らい、玉座もろとも塵と消えた。
なぜ王がその道を選んだのか、理由を知る者は誰一人いない。
ただ、王の消失と同時に魔界のすべてが崩れ始めた。

それから一千年。
王なき時代に四つの軍閥が牙を剥き合う。
“ 魔界四傑 ”―― その名が、血で綴られる新たな神話の始まりとなった。
天は祈りを拒み、地は正義を裏切り、理は屍に食い尽くされる。
“ 生きる ” という概念すら、とうの昔に失われた。

そして魔界の最も深く、最も穢れた土地 ――《ヴァルタータ》。
かつて虚王エレディアの亡骸が葬られたとされる地には、星も月も存在せず、時間すら沈黙に囚われている。
瘴気が地を裂き、怨嗟が空を呑む地獄の断層地帯。
それはもはや生の意味さえ歪む絶望の深淵だった。

その地下のさらに奥。
崩れた祠を超え、風も届かぬ闇の底に一人の青年がいた。
角も翼も持たず、名さえ与えられぬ存在。
紋章なき忌子、それは ” ムート ” と呼ばれた。
この世界で最も卑しきものとして、生まれながらにして否定された命。

魔界で生まれながら魔族の紋章を宿さぬムートは、まるで人間のような姿をしていた。
彼は獣と眠り、骨を燃やして寒さを凌ぎ、名も望みも持たぬまま、ただ “ 無 ” として燃え続けていた。

だがその額の奥には、誰にも知られてはならぬ “ 咎の烙印 ” が静かに脈打っていたのだ。
それは、かつて虚王エレディアが、世界の終わりと引き換えに、ただ一人に託した “ 王位継承印 ” であった。
本来なら、高貴なる血脈にのみ許されるはずのそれが、なぜムートに宿ったのか。
今やその理由を知る者はどこにも存在しない。

ある闇夜、崩壊した城塞の底より影が現れる。
それは風のように形なく、声のように輪郭を持たぬまま囁く。

「王位継承印を宿す者よ。お前は選ばれし者にあらず。世界に拒まれ、呪われた者だ。――それでも “ 王 ” を目指すのか?」

青年は答えない。
しかし影の言葉に反応するように額が疼く。

「うっ…この額の疼き……!」

地面の水面に映る自身の顔をのぞくと、額から光り輝く紋章が浮かび上がる。

「…これが…王位継承印だというのか…」

彼は冷たい土に突き刺さっていた一本の剣を引き抜く。
それはかつて自分を殺そうとした男から奪った、血に塗れし錆びた剣だった。

「俺は王になど興味はない。ただ……この腐りきった世界を全部ぶっ壊すだけだ。」

その言葉に影は笑うように揺れる。
そして音もなく彼に告げた。

「おまえに名を与えよう―― “ リヴァ ” … ” 流れ ” を意味する “ リヴァ ” と名乗るがいい。」

その言葉に、彼は一切の迷いなく、錆びた剣を影に向けて投げ放つ。

「……邪魔だ。消えろ。」

影は霧のように音もなく消えた。
その残響の中、彼はぽつりと呟いた。

「王位継承印…?リヴァ…?勝手なことばかり言うじゃねーよ!」

彼は影に投げ払った剣を拾いあげると、自身の背に納めた。

「こんな世界なんて……無くなればいい…」

リヴァはそれ以上の言葉は発しなかった。
沈黙だけが残る闇の中。
彼の瞳だけが、鈍く、だが確かに燃えていた。

王なき魔界に、誰にも知られぬ “ 異端 ” が産声を上げた。
その名はリヴァ。
彼の旅路が、魔界に終焉の炎をもたらすとも知らずに――。

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