ダークファンタジー「叛逆の導 - THE SIGIL REBELLION - 」小説サイト

囁き

空は鈍く曇り、灰色の雲が重たく垂れこめていた。
風さえも止まったかのように、世界は不気味な静寂に包まれている。

五人の影が、言葉少なに荒れた山道を歩いていた。
目指すは、かつて誰も踏み入れたことのない地――“虚無の峡谷”。
そこには “ 黒き門 ” が存在すると伝えられていた。
忌まわしきものすべてが眠るとされる、禁忌の地。

きっかけは、あの戦いの後だった。
塔での “ 虚ろな神 ” との決戦ののち、ジュダスが最後に残した言葉――「問い続けること」。
だがその直後、リヴァの心に“囁き”が届いた。
あの、黒衣の男のものだ。

『まだ終わっていない。真の問いは、始まりにある。』

ジュダスが調査を進める中 “ 黒き門 ” の名が古文書の断片に浮かび上がった。
遥か昔、この世界の理そのものを封じるために築かれた “ 始まりの封印 ”。
そこに何があるのかは誰にも分からない。ただひとつ確かなのは――
その門が、世界の根幹へと続いているということ。

「 “ 問い ” を続けるなら……その扉を、無視するわけにはいかない」

そう言ったジュダスの言葉に、リヴァもまた頷いた。

「すべての問いに答えがあるとは限らない。……でも、そこを開かずに進むことも、できない」

こうして彼らは “ 黒き門 ” を目指す旅へと足を踏み出した。
長い沈黙が、彼らの間に漂う。
誰も口を開こうとはせず、ただ足音だけが乾いた岩肌に響いていた。
やがて、ジュダスがふと立ち止まり、険しい視線をあたりに走らせた。

「……何か、聞こえる」

低く発せられたその声に、仲間たちは即座に緊張を走らせる。
空気が変わった。風が一瞬だけ、逆巻いた。

その風に紛れて、耳元でささやくような声が微かに届く。

『進め、リヴァ。お前はまだ、道の半ばにも至っていない』

リヴァは顔を上げることなく、目を閉じた。
――あの声だ。また、あの男の声。

黒い外套を纏った、冷たくもどこか懐かしさを含んだ声が、心の奥を突く。
彼はそれに応えるように、誰に聞かせるでもなく呟いた。

「……導くつもりかよ。だったら、最後まで見届けろ」

その言葉と同時に、大地が低く唸るように震え始めた。
峡谷の彼方から黒い霧が吹き上がり、天を覆う。
地を這い、迫りくるその濁流は、まるで彼らを迎えに来たかのような、意思を持った “ 何か ” のようだった。
カーヴァが即座に弓を構え、目を細める。

「ようやく “ 向こう ” が動いたな。……面白くなってきた」

その隣で、ヴォルグが口元をつり上げ、にやりと笑う。

「試されてるのは……俺たちか、それとも “ 奴ら ” か」

霧の冷気に肩を震わせながらも、ネイラは一歩前へ出ると、リヴァの背に呼びかけた。

「進むの? この先へ……」

リヴァはゆっくりと頷く。

「すべての答えが、あそこにある。……きっとな」

そして、五つの影が、黒き霧の中へと足を踏み入れる。
誰も知らぬ真実の扉へ――
囁きに導かれながら、彼らは黙して歩を進めていった。

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