闇の門の向こうに広がっていたのは、かつて確かに存在していたはずの世界だった。
だが、それは何かが決定的に欠けていた。
青く澄んだ空も、風にそよぐ草の香りも、鳥のさえずりさえも――
今はすべてが鈍く沈み、まるで誰かが時間を止めてしまったかのようだ。
色彩は薄れ、空は灰に溶け、大地は無音のまま広がっている。
命の気配がどこにもない。
ここにあるのは、ただ静止した “ 死の風景 ” 。
夢の果てに辿り着いた、もうひとつの終焉。
「……ここは?」
リヴァは、誰にともなく、声を漏らした。
「 “ 可能性の墓場 ” だ」
その問いに答えたのは、隣に佇むもう一人の “ リヴァ ”。
「この世界は、お前が選ばなかった未来で満ちている。
かつて、俺は “ 力 ” を選んだ。理をねじ曲げ、世界を繋ぎとめようとした。
……だが、その代償がこれだ」
風はなく、大地は黙し、空は祈りすら拒むかのように無感情だった。
生の営みを失った “ 世界の抜け殻 ” ――そこには希望も絶望もなく、ただ、虚無が漂っていた。
リヴァは、その静謐な絶望の景色を見つめながら、胸の奥に鈍い痛みが広がるのを感じていた。
この世界が失ったものの重みが、言葉にならない哀しみとして響いてくる。
「これは……お前一人の過ちじゃない」
リヴァがぽつりと呟く。
だが、その声もまた、風に消える。
「だが、選んだのは俺だ。そして、お前もいずれ、選ばねばならない時が来る」
その言葉に続くように、遠くの空に微かな光が走った。
まるで、過ぎ去った命の残光が一瞬だけ蘇ったかのように。
リヴァの内に宿る “ 流れ ” が、それに呼応するようにかすかに震えた。
「……まだ、救いはあるのか?」
「それは、お前次第だ」
もう一人のリヴァは、静かに言った。
「だが、忘れるな。 “ 統合 ” とは、ただの融合ではない。 それは、どちらかが “ 消える ” ことをも意味する。 存在そのものが、記憶から、記録から、永遠に――なかったことになる」
“ 消える ” 。
その言葉は、刃より鋭くリヴァの胸を裂いた。
過去も、想いも、誰かの中に残るぬくもりさえも消し去るという事実。
「俺は……」
その瞬間、不意に背後から微かな声が響いた。
『リヴァ――聞こえる?』
ネイラの声だった。
遠い闇の向こうから届いた、かすかな呼びかけ。
その声だけが、この静止した世界に “ 今 ” をもたらす。
『戻ってきて。どんな選択をしても……私は、私たちは、リヴァを待ってる』
リヴァは目を閉じ、静かに息を吸い込む。
その声は、闇の中に灯された一筋の光。
迷いの渦に射し込む、微かな道標。
闇のリヴァが言う。
「さあ、選べ。未来を刻む “ 流れ ” を」
リヴァはゆっくりと目を開ける。
かつて見た光景ではなく “ 今 ” を見据える目で。
「……俺は “ ここ ” に答えを置いていく。だが “ あっち ” で答えを出す」
光と闇が交錯する中、リヴァの身体が淡く輝き始める。
内なる流れが、彼を再び現実へと押し戻す。
選択の時はまだ先にある――
だが、リヴァは歩き出す。
己の意志で “ 歪み ” の意味を見極めるために。
そして、静止していた世界は、名もなき意志に揺らされ、わずかに、確かに動き始めた――
