焚き火の炎が、赤く揺れていた。
その淡い光の先に、四つの影が静かに並んでいる。
火を囲むようにして座る彼らの間に、言葉はなかったが、空気はどこか満たされていた。
長い夜を共にしてきた者たちだけが持つ、沈黙のあたたかさ――それが、そこにはあった。
リヴァは、ゆっくりとその輪へと戻ってきた。
誰も言葉を投げかけなかった。
だが、その沈黙には拒絶の気配はなかった。
ただ、待っていたのだ――彼が戻ってくることを、信じるように、願うように。
やがて、ヴォルグが口を開く。
低く、地を這うような声。
「――どうだった、向こうは?」
問いかけには、静けさが続く。
リヴァはすぐには答えなかった。
焚き火の前に腰を下ろすと、深く息をつき、静かに布をほどいた。
包まれていた腕の内側から、“流れ”の欠片が姿を現す。
光と闇が互いに寄り添い、触れ合い、やがて融け合っていく。
まるで世界の原初を閉じ込めたように、微かに震えていた。
「可能性の墓場だった。……俺が選ばなかった未来。俺たちが辿らなかった結末の残骸だ」
ジュダスが眉をひそめる。
「 “ 世界の死 ” を見たか」
リヴァは小さくうなずいた。
だがその顔に、絶望の色はなかった。
ただ、受け入れた者の静けさがあった。
「でも、終わってなんかいなかった。ネイラの声が届いたんだ。……今、この世界で確かに鳴っている “ 音 ” だった」
名を呼ばれたネイラは、ほんの一瞬だけ視線を逸らす。
だが、すぐにその瞳を彼に向け、まっすぐ受け止めた。
「どんな結末を見たのか知らない。でも、ここに戻ってきたってことは……リヴァが “ 今 ” を捨てなかった証拠だよ」
カーヴァがくつろいだ声で笑う。
「難しい話はどうでもいい。俺はさ、お前がまだ一緒に戦うつもりなら――それでいい」
その言葉に、リヴァの胸の奥がわずかに震えた。
あの世界の深淵を覗いた後でも、彼はこうして “ ここ ” にいた。
もう、ひとりではなかった。
焚き火の赤が、彼の瞳の奥で静かに揺れた。
「俺は……まだ迷ってる。正直、自分の選択に自信はない。でも、それでも――」
言葉を選ぶように、ひと呼吸。
そして、燃えさしを見つめながら続ける。
「 “ 決める ” ことから逃げるのは、もうやめる。あの場所で見たのは “ 選ばなかった責任 ” だった。だから今度こそ、自分の意思で……ちゃんと選びたい」
短い沈黙のあと、ジュダスが言った。
その声には、確かな信頼があった。
「ならば “ 鍵 ” を探す旅を始めるとしよう。お前を “ 答え ” へ導く試練になる」
「場所の目星はついている」
とヴォルグが低く続ける。
「だが、簡単には手に入らない。力や知恵だけでは届かない。 “ 本質 ” を問われるはずだ。お前自身の “ 核 ” が試される」
カーヴァが立ち上がり、肩をぐるりと回した。
空気を裂くように、背筋が鳴る。
「やっとらしくなってきたな。長かったが、ここからが本番ってことか」
リヴァは、仲間たちの顔を見渡した。
赤い炎の光が、それぞれの横顔を照らす。
ジュダス――冷徹に見えて、誰よりも遠くを見通す策士。
ヴォルグ――寡黙なまま、世界の理を深く見据える者。
カーヴァ――陽気な皮をかぶり、だがその奥に熱き闘志を宿す弓使い。
そしてネイラ――その瞳に、まだ消えぬ“希望”の光を灯す者。
彼らこそ、魔界四傑。
そして、リヴァの “ 旅 ” を共にする者たちだった。
幾つもの絶望を超えて、今なお立ち上がる、稀なる魂たち。
「行こう」
リヴァは静かに告げた。
「この “ 流れ ” の先に、俺たちの答えがある」
夜が、さらに深まっていく。
だがその闇の奥底で、確かに世界は、静かに――しかし確かに、動き始めていた。
風が、焚き火の炎を揺らしながら通り過ぎていく。
それはまるで、目覚めの合図のようだった。
