空は漆黒の帳に覆われていた。
だが、リヴァたちの前に広がるのは、ただの “ 夜 ” ではなかった。
大気はざわめき、空の表層が波打つ。
見えざる力が天の膜を内側から圧迫しており、世界そのものが “ 異界 ” の息吹に晒されているかのようだった。
重苦しい空気が肺を圧迫し、心の奥に潜む不安を無理やり引きずり出す。
「……感じる。境界が、歪み始めてる」
カーヴァが低く呟いた。
彼の周囲に揺れる魔力の靄は、空気を切り裂くように蠢き、空間にさざ波のような揺れを生んでいた。
空気は軋み、音なき悲鳴を上げている。
「このままだと、別の “ 可能性 ” が現実に干渉してくる」
ヴォルグの声は鋭く、氷のように冷たい確信に満ちていた。
彼の瞳には、既に “ 視えている ” のかもしれない――この世界とは異なる、無数の断片が。
ネイラが険しい表情を浮かべ、頷く。
「 “ 選定の夜 ” は……あの場所で起きる。リヴァ、あんたが見たあの光景と、きっと繋がってる」
リヴァは黙して答えなかった。
視線は遠く、裂けつつある漆黒の空の、そのさらに向こう――世界の縫い目の奥底で蠢く “ 何か ” を見つめていた。
(闇のリヴァが言っていた。“統合”とは、どちらかが消えることも意味する……)
それは選択の名を借りた、淘汰。
無数に枝分かれした可能性。
その中のひとつを “ 正史 ” として刻み込み、他の未来を容赦なく葬るという、残酷で非情な理。
「だからこそ、我々で見届けなきゃならない」
ジュダスが一歩、前へと進み出た。
重厚なマントが音もなく風に揺れ、その目がリヴァを真っ直ぐ射抜く。
その瞳は、決意に満ちていた――誰よりも深く、静かに燃える意思の炎。
「お前は選ぶ者 “ 流れ ” の継承者だ。だが、孤独な戦いにはさせない。我らは四傑、魔界を背負う存在だ。お前一人にすべてを託すつもりはない」
リヴァの拳が、微かに震えた。
唇を噛み、込み上げる感情を抑えながら、静かに、しかし確かに頷く。
「……わかってる。でも、俺の中の何かが――暴れそうなんだ。あの “ 影 ” が、また――」
その言葉が終わるより早く、空が裂けた。
天を走る鋭い音――まるで世界そのものが悲鳴を上げたかのように。
裂けた空から溢れ出したのは、光でも闇でもない “ 存在の歪み ” そのものだった。
時間の流れが乱れ、重力さえねじ曲がるような感覚。空間が一瞬、泡のように揺れ、やがて現れた “ 何か ” が、大地に爪を立てて降り立った。
「来るぞ!」
ヴォルグの叫びが大地を貫き、その直後に地面が低く唸る。
裂け目から現れた “ 影 ” は、獣のように禍々しい輪郭を持ち、霧を纏って立ち上がった。
しかし――その瞳だけは、まぎれもなく “ リヴァ ” のものだった。
虚無を映すその双眸が、ゆっくりとリヴァを見つめる。
「お前は――俺だ」
その声に、リヴァの表情が凍りつく。
これは闇のリヴァではない。もっと異質で、もっと深い―― “ 別の選択肢 ” が孕んでいた可能性が、姿を持ったもの。
存在の歪みから生み出された、未完の可能性の化身。
名を持たぬもう一人の “ リヴァ ” 。
「さあ、どうする?」
低く響いた問いかけは、空気に鋭利な刃を滑らせるように広がる。
仲間たちが一斉に構え、魔力の奔流が場を満たす。空気が震え、全てが極限の緊張に包まれた。
リヴァは静かに息を吐いた。
そして一歩、前へと踏み出す。
「……俺は、選ばなきゃならない。だが、お前をただ否定するだけじゃ、きっと意味がない」
それは自己否定でも、排除でもない。
歪んだ自分も、過ちを犯した自分も、すべてを受け入れて、それでも前に進むために。
痛みごと、己の “ 流れ ” として抱きしめる覚悟。
「俺は、俺を超えてみせる」
その瞬間、空間が弾けた。
光と闇が激突し、因果の線すらねじれながら、轟音が世界を貫く。
時が軋み、空が悲鳴を上げる。
この瞬間――過去も未来も一つに交わる “ 運命の交差点 ”。
裂けた空の下、理と理が、今、刃を交えた。
