ダークファンタジー「叛逆の導 - THE SIGIL REBELLION - 」小説サイト

流れを抱く者

夜が、静かに明けていた。
まだ誰も目を覚まさぬ森の縁。
鳥すら沈黙するその静寂の中、リヴァはひとり、焚き火の跡に腰を下ろしていた。
微かに残る残熱が地を温め、風に揺れる灰が、過ぎ去った戦いの記憶を淡く呼び起こす。
あの空の裂け目、降り立った “ もうひとりの自分 ” 、対話、そして統合――
すべてが、遠い夢のようだった。

だが胸の奥には、確かにひとつの “ 応え ” が、静かに息づいていた。
リヴァはそっと手のひらを開く。
そこには一筋の光が、仄かに揺れていた。
それは “ 流れ ” ――光でも闇でもない、両極の狭間をたゆたう、穏やかで温かな輝き。
世界の理を超えてなお、彼の中で鼓動を続ける命のように、在り続けていた。

「俺は……間違ってなかったよな?」

その問いは、誰に向けたわけでもなかった。
けれど、その言葉に応えるかのように、朝露に濡れた葉がそよ風に揺れ、草のさざめきが、まるで世界そのものが頷くように広がっていった。
そのとき、草を踏む軽やかな足音が近づいてきた。
ネイラだった。
目元に残る眠気の影と、微かに跳ねた髪。
その無垢な気配が、夜の名残をやさしく洗い流していく。

「……ひとりで考えごと?」

「ああ。でも、もう……考えるのは終わった」

「そっか」

ネイラは言葉少なに、リヴァの隣へと腰を下ろした。
ふたりの視線が、消え残る焚き火の痕跡に注がれる。
炭化した木片にすら、夜を越えた証が静かに宿っていた。
やがて、ネイラがぽつりと問う。

「ねぇ……あの時、私の声……ちゃんと届いてた?」

リヴァは目を伏せ、胸の内を確かめるようにゆっくりとうなずいた。

「届いてた。おかげで……俺は消えずに済んだ」

その答えに、ネイラはふっと微笑み、肩の力を抜いた。

「じゃあ、次は――みんなで答えを探そう。ね?」

「ああ。みんなで」

ふたりは立ち上がる。
東の空が、深い群青から薄紅へと色を変えていく。
夜の支配が静かに終わり、光がこの地を満たしてゆく。
かつては闇に閉ざされていた場所――だが、今は確かに“朝”がそこにあった。

「……きれい、だね」

ネイラがぽつりと呟く。
リヴァは空を見上げ、言葉を選ぶように静かに応えた。

「ああ。本当に。……これは、祝福の青い空だ」

「変わったんだね、魔界」

「……ああ。ようやく、な」

それは、世界が再びつながり、流れがひとつになった証。
薄紅の光は、静かに、しかし確かに魔の森を照らし出し――
新しい時代の始まりを告げていた。

リヴァは背に感じる “ 流れ ” にそっと意識を向ける。
それはもはや、彼にとって重荷ではなかった。
運命に課せられた呪いでも、贖罪のしるしでもない。

それは、自分自身がここに存在しているという “ 証 ” だった。
受け入れ、抱きしめ、共に歩むと決めた“可能性”の総体。
誰かに与えられたのではない、自ら選び取ったひとつの居場所。

世界は、今日も変わり続けていく。
けれどその流れの中に、自分の “ 答え ” が宿っているのなら――
きっと、歩いていける。
光と闇、どちらにも染まらぬ “ ただひとつの道 ”を―― そのすべてを抱いて、生きていく者として。

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