ダークファンタジー「叛逆の導 - THE SIGIL REBELLION - 」小説サイト

風よ、戦を告げよ

焦げつく風が吹いていた。
焼けた石畳と瓦礫の隙間に、雑草すら息を潜めるこの地に、かすかな民の声があった。
その声は怒号でも嘆きでもない。旗の下に集う者たちが交わす、静かな日常の音――
それは、どんな軍にも属さぬ者たちが紡ぐ、確かな「営み」だった。

リヴァはその只中を歩いていた。
あらゆる色に染まり、なおも風に翻る旗の数々。
その一つひとつに、名もなき死者の誇りが縫い込まれているのを感じながら。
彼の歩みに誰も声をかけない。
だが、誰もがその背を見ていた。

そして、旗が最も高くはためく、その中心――
そこに立つ男は、背を向けたまま、すでにリヴァの訪れを知っていた。

「……ようやく来たか。」

その声と同時に、彼はゆっくりと振り返る。

「――お前が、リヴァだな。黒き風が、お前の名を運んできた。」

砂塵と翻る旗の隙間から現れたその男は、まるで風そのものが人の形を成したかのようだった。
《反旗のカーヴァ》。
希望と反逆の象徴として、魔界にその名を知らぬ者はいない。

粗野な語り口とは裏腹に、カーヴァの眼には確かな理想が燃えていた。
それは、己の旗に命を賭して誓った者にしか持ち得ない、揺るがぬ覚悟の光だった。

リヴァは静かに目を細め、カーヴァと真正面から向き合った。
幾度も戦火を越えてきたその瞳に、怒りも誇りもなかった。
ただ、消えぬ “ 問い ” が灯っていた。

「……ずっと探してた。あんたのように、誰にも屈さず、ただ “ 意志 ” を掲げる者を。」

リヴァの声は、穏やかでありながら、深く重い。

「だけど、気づいたんだ。旗は人を導くけど――争いも連れてくる。それが正義でも、正しさでも、結局は “ 力 ” の言い訳になる。」

一拍置き、彼はしっかりと前を見据えた。

「だから、俺は来た。終わらせるために。この連鎖を。あんたの旗が、次の戦を呼ぶ前に――」

「……終わらせる、だと?」

眉をひそめ、カーヴァは風を孕んだような低い声で返す。
その声の奥底には、冷たい苛立ちが潜んでいた。

「悪いが、俺は “ 変える ” ために戦ってる。」

リヴァは静かに目を細めた。
その瞳には、鋼のような決意と、拭えぬ哀しみが宿っていた。

「俺の目的は、正義じゃない。ただ――争いを止めたいだけだ。」

「止める、ねぇ……」

カーヴァは鼻で笑った。
その笑いには、自嘲と、信じるものを守り続けてきた者の苦い重みが滲んでいた。

「寝言は墓の中で言え。 俺たちは “ 選ばれなかった側 ” だ。 どの王にも見捨てられ、どの神にも祝福されず、ただ蹂躙され、焼かれ――それでも立ち上がった。」

背後では、血と灰で織られた旗が、強く風にはためいていた。

「この旗は誇りなんかじゃねぇ。 過去の屍を縫い合わせた “ 呪い ” だ。 ……だがな、それでもこの風の下で、俺たちは生きる。 それが、俺たち自身の証明なんだよ。」

リヴァは一歩だけ、彼に近づいた。

「……わかる。あんたが、何と戦ってきたのか――少しだけ。」

「だったら止めんな、俺たちの戦いを。」

「それでも、止めたいんだ。……これ以上、誰かが死ぬのを見たくない。」

さらにリヴァは言葉を続けた。

「俺はこの世界をぶっ壊すつもりだった。けど、それは虚王エレディアと同じエゴでしかなかった。もし俺が魔界を変えられるのなら、それに賭けてみたいと思った。」

一瞬、風が凪いだ。
砂が舞い、無数の旗がうねる。
その中で、カーヴァの口元に皮肉めいた笑みが浮かんだ。

「甘ぇな、リヴァ。風は止まらねぇ。 俺が倒れたって、誰かがまた旗を掲げる。 それがこの世界だ。」

リヴァは、背にある《歪刃イーデル》に静かに手を添えながら言った。

「それでも――俺は、止める。ここで、あんたの “ 戦争 ” を。」

言葉が放たれた瞬間、風が激しく砂を巻き上げた。
カーヴァの瞳に、わずかに揺らぎが生じた。
だが、その一瞬の逡巡を、風は容赦なく引き裂いた。

「敵襲だーーーー!」

それはカーヴァの仲間の声だった。
地の底から湧き上がるような咆哮が、大地を震わせた。
次の瞬間、遠くから駆け寄る蹄の音と、迫りくる巡礼守備団の戦旗が見えた。
リヴァはその場に静かに立ったまま、目を閉じた。

「止めるには……遅すぎたか。」

そう言うとリヴァは口元を噛みしめる。

「配置につけ! ここが……俺たちの “ 答え ” だ!」

カーヴァが叫び、旗が躍り、剣が抜かれる。
あの日掲げた理想も、痛みも、誓いも――すべてが、交錯する戦の渦へと呑み込まれていった。

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