ダークファンタジー「叛逆の導 - THE SIGIL REBELLION - 」小説サイト

灰燼の猛将

燃え盛る荒野を、怒涛の炎が呑み込んでいく。
焦土に立ち尽くす戦士たちを、燃えさしの熱風が舐めるように吹き抜ける。
その頭上、ひとつの黒旗が、ぼろ布のように風に翻っていた。
掲げられたその旗が示す名こそ――

《灰燼のヴォルグ》

かつて虚王エレディアに忠誠を誓い、王都が陥落するその瞬間まで斧を振るい続けた、最後の騎士。
滅びた王国の忠臣にして、生き残った者たちを束ね上げた冷酷な将。
今やその軍は「灰燼軍」と呼ばれ、炎に焼かれた大地を蹂躙しながら、再び魔界の覇権を狙っている。

ヴォルグ――
鋼のごとき沈黙を纏い、眼光ひとつで兵を従わせる男。
その身から滲み出るのは、威厳でも慈悲でもない。
それはただ、圧倒的な “ 支配の気配 ” ――
見る者すべてを沈黙させる、王の亡霊のごとき存在感。

「この地を統べるべきは、王のみ。 ならばその王が滅んだ今―― 王の意志を受け継ぐ我らが、新たな王の世を築くまでだ。」

低く響くその声に、地すら震えるようだった。
だが彼の語る “ 王の世 ” に、民のための未来はない。
あるのはただ、選ばれし者による絶対の秩序。
力ある者が頂に立ち、忠義を誓う者のみが価値を持つ世界。

――そして、その行軍の先に、ひとつの影が現れる。

風が唸り、砂塵が渦巻く荒野の彼方。
突如として、黒き影が地を裂くように現れた。
その歩みに、熱気が揺れ、空気が震えた。

リヴァ。

その瞳は、誰かに従うことなく、未来を見据える者のもの。
全身に纏う漆黒は、闇ではない。
それは、何者にも染まらぬ意志の色。
踏み出した一歩が、大地に静かな震えを走らせる。

そんなリヴァの前に、鋼の鎧に身を包んだ一団が立ち塞がった。
それは灰燼軍の先鋒部隊――炎の刻印を纏う兵士たちが、無言で大剣を構える。
その目に宿るのは燃えさかる信念と、揺るぎない忠義――。
かつて王に仕え、今はヴォルグの覇旗のもと、新たな秩序を築かんとする者たち。
その一人ひとりが、灰の大地に意志を刻むように、無言でリヴァの前に立ち塞がった。
だが――

「退け」

その一言で、兵士たちの背筋が硬直する。
荒野の向こう、揺らめく熱気の中から、影がひとつ歩み出てきた。
赤熱した大地を、まるで溶かすように踏みしめながら現れたのは――

灰燼のヴォルグ。

両肩に燃え残る灰を背負い、鋭利な眼差しをリヴァに向ける。
その存在だけで、周囲の空気が圧される。
配下の兵たちは一斉に膝を折り、道を開けた。

「その風貌…お前がリヴァか。血を流さずして、カーヴァを屈服させたという……」

ヴォルグの声は重く、しかし怒りは感じさせなかった。
それは、深く地に根を張ったような静けさ。
まるで、自らが動かぬ城壁であるかのような、確固たる静寂。

「我が名はヴォルグ。我に、何の用だ?

「俺はあんたを止めに来た。」

リヴァは足を止めることなく、そのまま歩を進めた。
両者の距離は、もはや十歩もない。

「忠義を掲げ、王の遺志を継いだつもりでいるのなら、なぜこの地に火を放つ?」

ヴォルグはリヴァの言葉に無表情で返す。

「王なき世にこそ、秩序が要る。 弱き者に自由を与えれば、争いは絶えぬ。 ならば強き意志が統べる。それが “ 正しさ ” だ。」

「……たしかに、そこには “ 正しさ ” がある。だが、それだけで世界は救われない。 ――だからこそ、見過ごすわけにはいかない。」

焼けた空の下、灰にまみれた荒野の中央で、対峙するふたつの影。
片や、滅びし王の幻影にすがり、過去の理想を掲げる者。
片や、王の存在を否定し、己の意志で未来を切り拓こうとする者。

死に絶えたはずの大地に、再び火花が散る。
その炎が、いま、静かに上がろうとしていた。

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