大地が裂け、熱風が唸る。
戦斧インフェルナスから煉獄斬が振るわれるたび、辺りは災厄の渦と化した。
焼け焦げた地面からは灰が舞い、空は焔の名残で紅く染まっている。
その中心で、ヴォルグの一閃が空間ごと空気を引き裂き、烈火のうねりとなってリヴァを襲う。
リヴァは、なおも剣を抜かずにいた。
その背に掛けられた《歪刃イーデル》は、刃でありながらどこか閉ざされた扉のように静まり返っている。
彼の内にある “ 揺らぎ ” を、まるで映すかのように。
「どうしたリヴァ! その歪んだ刃は、ただの飾りかッ!」
ヴォルグの咆哮が響く。
そこに侮蔑も挑発もない。
ただ純粋な、真剣勝負に挑む者としての問いがあった。
「お前の覚悟を試すと言ったはずだ。 だが――今の貴様からは “ 迷い ” しか匂わん!」
リヴァはわずかに眉を寄せ、重い息を吐いた。
そして、低く呟く。
「……俺は、まだ答えを見つけきれてないんだ。」
その声に、ヴォルグの瞳が細くなる。
一瞬の静寂。そして、その次の瞬間には地が爆ぜていた。
「ならば、立つなッ!!」
戦斧が咆哮のような風音を撒き、炎の尾を引いて振り下ろされる。
ヴォルグが踏み込むたび、大地が抉れ、熱波が唸りを上げる。
リヴァはわずかに身を逸らしながら、まるで風の中を泳ぐように斬撃をかわしていたが――
「中途半端な想いで戦場に立つ者は、敵にも味方にもなれん! この地では、それが一番の罪だ!!」
その一撃を、ついにリヴァは受けた。
歪んだ剣――《歪刃イーデル》が、轟音とともに斧を受け止める。
剣と斧が噛み合い、衝撃が地を揺らす。
火花が飛び散り、周囲の灰が熱風に巻き上がった。
その瞬間、ヴォルグの脳裏に、あの “ 夜 ” の残像が甦る。
神骸の暴威が天を裂き、王城が崩れ落ち、すべてを焼き尽くした炎。
そして、自らが守れなかった王と理想――
灰となった誓いは、いまもなお彼の斧に宿り、贖罪と誇りの形をして燃え続けていた。
「……それでも、俺はここにいる。誰に命じられたわけでもない。俺自身が選んで、ここに立ってる。」
剣と斧が軋む音のなかで、リヴァの声が深く響いた。
「止めたいと思って剣を手にした。でも、それだけじゃ足りないと――今、ようやくわかったんだ。」
その言葉に、ヴォルグの瞳がわずかに揺れる。
その揺れは、炎ではない。
かすかな “ 希望 ” の兆し――
「戦いたくないなんて、綺麗ごとだ。 それでもなお……この剣で、終わらせたいものがある。」
リヴァの剣が、ようやく意思を帯びて震えた。
それは未熟な理想だ。
だが、その炎は確かに、彼の内から灯り始めていた。
ヴォルグの唇が、わずかに吊り上がる。
「――ならば、見せてみろ、リヴァ。 “ 戦うことで、戦いを終わらせる ” 。 その矛盾に、貴様がどれほどの熱を込められるか!」
再び、斧が閃く。
火炎が荒れ地を奔り、風が怒りをまとって唸る。
剣がそれを迎え撃ち、火花が天に舞い上がる。
これは試練だった。
力を誇るためではない。
“ 王ではない者 ” が、ただの理想ではなく、己の意思で魔界を越えるための――
ひとつの門だった。
