すべてが静寂に沈んでいた。
まるで空さえも水に呑まれたような、深く沈黙に包まれた大地。
風は吹かず、波も立たない。
流れを失った湖の底に、ひっそりと沈む神殿。
濡れた祈りと、風化した記憶――それらが眠る場所。
そこに《骸禍のネイラ》はいた。
黒衣に身を包み、銀の仮面を戴く、沈黙の巫女。
その存在は、まるで生と死の狭間に立つ “ 境界 ” そのもの。
彼女の声は、この世に属していない。
その言葉は空気に届かず、風のように儚く散っていく。
それでも、鈴の音にも似た震えが、周囲の空間を優しく揺らし続ける。
だが、沈黙は決して無音ではない。
彼女が指先で水面に触れた瞬間、そこに眠る者たちが囁き始める。
死者たちの声――かつて名を持ち、役目を果たし、そして名を失った者たち。
それは怨嗟でも呪詛でもない。
ただ、言い残された想い。
掴みきれなかった最期の言葉。
絶望の淵でわずかに残された、静かな光のような記憶たち。
「……また、一人、訪れるのですね。」
その声がネイラのものだったのか。
あるいは、水底の静寂そのものが、ひととき形を成して囁いたのか――。
それが空気を震わせるとき、リヴァは霧に包まれた神殿の境界を踏み越えていた。
そこは魔界の亡者たちが集う場所。
神ですら名を呼ばぬ領域。
ここには、死者の存在が色濃く、形を失った魂が、異形に成り果てて漂っている。
神々も、もはや手を出さない。
なぜなら、この地はもう神の力を超えた場所なのだ。
リヴァは歩く。
《歪刃イーデル》を背に、魔界四傑のひとり――巫女王ネイラの元へと。
彼の足元は湿り、泥のように冷たい大地に踏み込むたび、知らぬ間に時間が浸透していく感覚を覚える。
彼の目的は、討つことではない。
奪うことでもない。
それは、単純に問いかけることだった。
問いかけることで、死者たちの悲しみを知り、魔界の “ 本当の在り方 ” を理解しようとすることだった。
「なぜ、あなたは――この魔界に留まるのか。」
彼が求めたのは、答えだ。
永遠に命を紡ぎ、何も変わらぬ “ 空虚な存在 ” を選び続ける者たちの理由。
リヴァはただ、その謎を解きたかった。
そして、この狂おしい魔界の中で生きる道を、少しでも見つけたかったのだ。
水面がざわつく。
その静寂の中に響く声は、彼の足元に近づいてくる何かを暗示していた。
だがリヴァは、それが何であれ、逃げることなく前進する。
彼はただひとつの答えを求めて、この不穏な地へと踏み込んだ――
