霊の声は、今日も絶え間なく降り注いでいた。
水底の神殿――深き眠りに包まれた静寂の地。
名を持たぬ死者たちの記憶は、無数の微光となって、水の闇を静かに彷徨っている。
けれどその日は、なぜか――不思議なほど、世界が息を潜めていた。
巫女王ネイラは、膝を折る。
静謐の衣が水に溶け、彼女の周囲だけが時を忘れたように静まる。
指先で掬いあげるようにして、霊灯をひとつずつ掌に迎える。
灯火に宿るのは、語られぬ想い。
果たされることのなかった約束。
名を呼ばれずに終わった魂の “ 声なき物語 ” 。
その中に、ひとつだけ異なる輝きがあった。
それは、ひとりの “ 生者 ” の記憶。
剣を振るわず、ただ耳を傾け、沈黙の言葉に心を重ねた者。
名を刻むことなく、ただ真摯に向き合ったその姿は、まるで亡霊すら祈りへと導く灯台のようだった。
(争いを憎む者が、それでも剣を携えるのは――何を守るためなのか)
ネイラの指先に触れた霊灯が、淡い熱を帯びて脈打つ。
生者の想いに応え、霊たちの哀しみが、静かに安らぎへと還ってゆく。
その温もりに、ネイラは瞼を伏せる。
「……まだ、その名を導くには早すぎる。」
囁きは、水面に落ちる霧のように溶け、音もなく消える。
けれど、その声は確かに神殿の深淵へと届き、やがて訪れる “ その時 ” を静かに待ち続ける。
「リヴァ。 あなたが “ 終わり ” の果てに立つとき――私はそこに在る。 その瞬間こそ、死者の声に代わり、生者の祈りを語ろう。」
水面に、小さな波紋がひとつ、静かに広がる。
それは、巫女の心がひとつの “ 名 ” を受け入れた証。
まだ言葉にはならない、けれど確かな応答。
神殿は再び、静けさに包まれる。
だが、水底に揺れるその灯だけは――
まだ誰にも消せぬ、希望の名残として、永遠の眠りを拒み続けていた。
