ダークファンタジー「叛逆の導 - THE SIGIL REBELLION - 」小説サイト

神は死なず、ただ変わる

魔界の最も深き地《 歪ノ底 》――
そこにある喪神の塔は、かつて神々が堕ち、世界の理が崩れたとされる禁忌の領域。
天は裂け、大地は血を流し、時間さえ輪郭を失うその深淵に、ただひとつ、異様な輝きを放つものがある。
それは「神骸(しんがい)」。
遥か太古、世界の理に抗い、敗れ、堕ちた神の “ なれの果て ” 。
骨のようであり、鉱石のようであり、それに触れた者は、自らの理すら書き換えられる。
意思なきその残滓は、なお神性の残響を宿し、世界の深奥で静かに脈動していた。
その震えに、最初に飲み込まれたのが――虚王エレディア。
神骸を取り込んだ彼は自我を喪い、かつての威厳も意志も失い、名の通り “ 虚 ” となった。
だが、その恐るべき存在に畏れではなく、陶酔を覚えた者がいた。

《深淵のジュダス》

かつて魔界にて術理と存在論を極めた異才。
論理と秩序の探求者であった彼の精神は、神骸との邂逅を境に、緩やかに狂気と悟りの境界へと滑り落ちていった。

「死してなお、世界に干渉し得る存在……これこそが真なる理想。」

「神は滅びたのではない。** 変化 **したのだ。」

「ならば、我もまた変わる。人の理から逸脱し、神骸の構造に接続されるべきだ。」

そう語る彼の瞳には、もはや現世の色は映っていなかった。
やがてジュダスは、神骸の断片を中心に “ 啓示 ” を受けたと称し、狂信の教団を興す。
その名も――深淵会(しんえんかい)。
彼らは、禁書『神喰ノ書』を聖典とし、黒き尖塔を拠点に、魔界の魔素すら書き換える儀式を重ね、神骸の理を大地へ、空へ、肉体へと広げていった。
腐敗、融解、変異――すべては “ 進化 ” の過程であると彼らは信じる。
ジュダス自身もまた、己の肉体を実験の器とし、その血肉はすでに人の姿から逸脱し、半ば “ 骸なるもの ” に近づきつつあった。
そして、物語は動き出す。

ある日、喪神の塔の前に、ひとりの剣士が立つ。
闇を裂くようにしてその名を告げる声が響く。

「……俺はリヴァ。この地に “ 神 ” を名乗る者がいると聞いた。  それを確かめに来た。神が死んだというなら、俺はその死を見届けに来た。」

黒き礼拝堂の奥深く――
神骸の光に照らされた祭壇の前で、ジュダスはその声を反芻する。
まるで旧き友に出会ったかのように、微笑すら浮かべながら、ゆっくりと振り返った。

「神ではないさ……。ただ―― “ 遺骸 ” に触れ、その深みに堕ちてしまった者だ。」

その言葉に、リヴァは眉ひとつ動かさず、静かに剣の柄に触れる。
だが抜くことはない。彼の眼差しは、ジュダスの奥、神骸の在り処をまっすぐに見据えていた。

「ならば聞く。お前の見た “ 神の真実 ” とやらを。」

ジュダスの笑みは深く、そして狂おしく歪んでいく。
その笑みは、理性の外でしか成立し得ぬ、理解の裏側にある悦びだった。

「おぬしはまだ知らぬ。“ 神 ” とは、信仰されるものではない。……喰らい、喰われるものだ。」

神を捨て、それでも神の残響に縋る男――ジュダス。
神を信じず、ただ真実を求めて歩む者――リヴァ。

《歪ノ底》にて、ふたりの邂逅は始まった。
その地はもはや、理の届かぬ “ 終わり ”の領域。
けれどこの闇の底にもまた、火が灯る。
それが希望か、それとも終焉の焔か――今はまだ、誰も知らない。

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