ダークファンタジー「叛逆の導 - THE SIGIL REBELLION - 」小説サイト

否定の剣

「見せてみろ、リヴァ。君が “ 信じず ” に掴んだものを」

ジュダスの声が、魔力の奔流にかき消されることなく響いた。
彼が掲げた黒鉄の杖の先、水晶の破片が音もなく浮遊し、神骸の胸部――かつて心臓があった場所に集束していく。

やがて、その中心から濁流のごとき “ 黒 ” が立ち昇った。
それは闇ではない。色ですらない。
世界の理(ことわり)を呑み込み、定義を拒む “ 否定の形 ” 。

螺旋に捻じれた肢体。
骨とも触手ともつかぬ器官。
無数の瞳が、見ることなく、ただ「在る」。
かつて神と称されたもののなれの果て――
否、神を生み出した理そのものが、姿を持ちかけていた。

「これが…… “ 深淵の権化 ” か」

リヴァは剣を抜いた。
その瞬間、塔の床が砕けるような音と共に、彼の視界が闇に閉ざされた。
次の瞬間には、全ての色が消えた虚無に立っていた。
音がない。匂いもない。
ただ、無数の「目」が彼を見ていた。
意思というにはあまりに冷たく、運命というにはあまりに重い、視線。

「……ジュダスの “ 世界 ” なのか?」

そう思ったが、すぐに違うと気づく。
これは彼の造ったものではない。
もっと古い。もっと深い。

『よく来たな、王位継承印を宿す者よ』

空間からではない。
言葉の前に “ 存在 ” が、彼の中に侵入してくる。
それは神骸に宿る、異界の意志。
この世界の “ 始まり ” を知り、そして見限った、理の彼岸にいる存在。

『お前の中にも “ 滅び ” はある』
『選べ。――我を否定するか、取り込むか』

リヴァは目を伏せた。
虚無の中に立ち尽くしながら、その問いの意味を噛み締める。
それは試練でも誘惑でもない。
ただ、反射する存在の問いかけ。
“ 選べ ” という声には、感情がなかった。
存在を揺らがせるだけの、純粋な真実の圧。
だが、彼は答えなかった。
言葉ではなく、その姿勢で示すように――

「……俺は、お前に答えを求められるような存在じゃない。ただ、自分の足で進むだけだ。誰の声も、誰の道も借りない」

その瞬間、彼の剣が動いた。
音も光もない空間に、刃の軌跡だけが走る。
それは選択ではなく “ 否定 ” の証。
そして意志の証明だった。

闇が裂けた。
深淵の虚無に、鋭く走った光の亀裂が現実を貫いた。
裂け目の先には、再び塔の内部――崩れかけた “ 深淵の間 ” が戻ってきた。
リヴァの剣先は、そのまま神骸の胸を貫いていた。

「……見事だ」

ジュダスの声が、どこか遠くから聞こえた。
その顔には怒りでも敗北でもなく、むしろ――ほっとしたような微笑が浮かんでいた。

「君は “ 否定する者 ” だったんだな。ならば……信じてみよう」
「滅びの先にも、何かが残ると」

その言葉と共に、塔を包んでいた魔素の奔流が一気に引いていく。
空間を蝕んでいた闇は潮のように退き、神骸の巨体は砂のように崩れ落ちた。

魔力の痕跡が消え “ 深淵の間 ” には再び理が戻る。
だが、その空気は確かに “ かつてと同じ ” ではなかった。
まるで、否定が何かを生み出したかのように。
そこには静けさがあった。
だがその静けさの中に “ まだ知らぬ真実 ” が潜んでいた。

信じぬ剣士が、拒まず切り裂いた、深淵の真実の影。
それは、物語の終わりではなく、さらなる問いの始まりだった――。

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