ダークファンタジー「叛逆の導 - THE SIGIL REBELLION - 」小説サイト

余白に刻まれるもの

喪神の塔――
その最下層近くに隠された禁書庫。
神骸が預言と契約を封じた、いわば “ 世界の裏打ち ” とでも言うべき空間。
そこに、ジュダスの姿があった。

塔の頂にてリヴァとの対話を終えた彼は、静かに、誰にも告げぬままこの場所に戻っていた。
その眼差しには、かつての狂信も、絶望もない。
ただ一つ、確かめたい “ 何か ” への静かな執念が宿っている。

重く湿った空気に、灯火ひとつなく、ただ沈黙が満ちていた。
彼は埃にまみれた書架の間を渡り、指先で記録の背表紙をなぞる。
そのひとつひとつが、既に断たれた神々の意思――未来すらも過去へと変えようとした、傲慢な記憶の残滓だった。

だが、その中にひとつ。
“ 終焉の年代記 ” と呼ばれる一冊――かつて塔に眠る神骸が刻んだ運命の設計図――
その余白に、ごく僅かだが不自然な“空白”が浮かび上がっていた。

「……未来が、改ざんされ始めている……?」

声は誰に届くでもなく、深層の闇へと消える。
その瞬間、棚の奥から、まるで応えるかのように一冊の古い書が落ちた。
音は静かだったが、そこに込められた意味は深かった。
ジュダスはそれを拾い上げる。
表紙は擦り切れ、題字すら読めぬほどに古びている。
だがページをめくると、ひとつの言葉が目を引いた。

《ムート》
紋章を持たぬ者たち。
世界の理(ことわり)に属さぬ “ 外界の残響 ” 。
歴史に抗い、記録に抗い、神にすら名を刻まれぬ存在。

「……リヴァ、王位継承印を持ちつつ “ ムート ” でもある……か。 この矛盾の交差点が、因果の螺旋を歪めたのだとすれば……」

声は徐々に確信に変わりつつあった。
リヴァという青年――定められた輪から外れたその存在こそが “ 世界 ” の定義そのものを問い直させる楔。

塔の上空では闇が広がっていたが、この地下ではまったく別の風が生まれていた。
ふと、遠く――遥かな魔界の底にて、眠っていたはずの一柱が蠢いた気配が走る。
否。それは、彼らですらない。
“ それ以外 ”――神々の記録からさえ漏れた、名もなき異端の胎動。
すでに、存在そのものが世界の記述外である何者かが、目を覚まそうとしている。

「 “ 否定者 ” を巡る螺旋……まだ、それは “ 始まり ” にすら至っていないのかもしれない」

ジュダスは書を閉じた。
かすかな音が塔全体に波紋のように広がる。
記録が鳴動する――それはまるで、物語の続きを要求するような、無言の合図だった。

リヴァ。
その存在が開いた “ 余白 ” は、たった一人の意志が歴史に割り込む証だった。
そしてそれは、ただの奇跡ではない。
既定された終末の運命に、微細な歪みを与えるには、充分すぎる可能性。
ジュダスはそっと目を閉じ、祈るように呟いた。

「……咎の子よ。
その剣が、いつか再び抜かれる時――
それこそが、この世界が “ まだ生きている ” という、唯一の証だ」

灯火ひとつない書庫の奥。
一冊の本が、静かに頁を捲った。
そこにはまだ、誰の名も記されていない。
静寂のなか、確かに響く目に見えぬ “ 反響 ” 。
世界の心臓は、まだ脈打っている。
終わりと始まりの狭間で “ 何か ” が、確かに蠢いていた。

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