ダークファンタジー「叛逆の導 - THE SIGIL REBELLION - 」小説サイト

風の残り香

戦いの終わった荒野には、静けさが戻っていた。
砕けた石壁と焦げた木々の中に、それでも確かに人の営みは残っている。
焼け落ちた家の礎を拾い集める者、壊れた柵を無言で繋ぐ者。
傷を負った者たちが互いに支え合い、倒れた仲間を悼みながら、ひとつひとつ、日常を拾い上げていた。

大地にひざまずき、土を手で握りしめる老婆がいた。
その手は震えていたが、指の隙間から、わずかに緑が芽吹いていた。
小さな若葉。
戦火を越えてなお、命は、育とうとしていた。

カーヴァは、まだ修繕の途中の井戸のそばで空を見上げていた。
風は乾いているが、どこかやわらかかった。砂嵐ではない、明日を運ぶ風だ。
その風に混じって、かすかに野花の匂いがする。
背後から足音がした。振り返らずとも、誰かは分かっている。

「畑、だいぶ荒れてしまったな……また耕せば、何とかなるのか?」

リヴァの声だった。
指にはまだ、土の感触が残っている。

「……ああ。それにしても、お前が放ったあの一撃――まさに風の刃だったな」

カーヴァがつぶやくと、リヴァは少し照れたように肩をすくめた。

「誰かの奇跡なんて待たない。俺は、俺のやり方で守るだけだ」

リヴァの目はまっすぐで、揺るがない。
その強さは、誰かに与えられたものではない。
彼がずっと、譲らずに持ち続けてきたものだ。

「風を斬るように、お前は迷いも断ち切ったな」

そう言ったカーヴァの声には、かすかな誇らしさが混じっていた。
焚き火の周りに、少しずつ闇が広がる。
小さな村の中、まだ火がともる家は少ない。
だが、誰もが目の奥に灯を抱えているようだった。
焚き火の明かりが、赤子をあやす母親の頬に柔らかく揺れていた。
傍らでは、かすれた声で古い子守唄を歌う老人がいた。
その声は、かつて失われた言葉のように優しかった。

「なあ、カーヴァ。これからどうする?」

リヴァの問いに、男はしばらく火を見つめてから答えた。

「……この土地は、もう大丈夫だ。村の者たちも強くなった。俺がいなくても、もう守れる」

「……前は、もう逃げないって言ってたよな」

リヴァの言葉に、カーヴァはうなずいた。

「ああ。でも、逃げないってのは、ここに縛られることじゃない。俺が守りたかったのは、この土地 “ だけ ” じゃなかった。生き残った者たちの――明日なんだ」

彼の声には、確かな決意が宿っていた。

「だから今度は俺が――あいつらの明日を守る番だ。 この土地に芽吹いたものを、ほかの場所にも届ける。 それが、ここで生き残った者の責任だと思う」

カーヴァの声に迷いはなかった。
強い風のように、彼はもとから前を向いている。
その姿に、リヴァは静かに頷いた。

「なら、決まりだな」

ふたりは夜明け前の風に背中を押されながら、静かに村を後にした。
畑に残った種が芽吹くころ、彼らの旅もまた、新たな地に根を張るだろう。

風が吹く。
それは “ 反旗 ” の名を越えた者と、前だけを見据える青年が歩み出す、新しい物語のはじまりだった。
そしてその風は、彼らがいたことを忘れぬように――そっと村の屋根を撫でていった。
実りの匂いと、希望の残り香を乗せて。

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