焦げた大地に、重い足音が響く。
《バル=ゾラン》。
かつての要塞都市。
今は焼け跡と瓦礫が積もる亡都。
「ここが……ヴォルグの過去か。」
リヴァが呟く。
風が乾いた灰を巻き上げる。
ヴォルグは黙って進む。
目を伏せたまま、倒壊した塔の残骸の前に立ち止まる。
「昔、ここには “ 灰狼の子ら ” って呼ばれる部隊があった。」
カーヴァが眉をひそめる。
「……聞いたことある。戦災孤児を集めて、兵士に育て上げた、ってやつか。」
「ああ。俺が……育てた。」
風が止む。
「襲撃、略奪、奇襲、暗殺。戦いに必要なことはすべて叩き込んだ。小さな手に武器を握らせて “ 強くなれ ” と教えた。俺は、そういう “ 父親 ” だった。」
《灰狼の子ら》は、戦局を左右する特殊遊撃隊として名を馳せた。
だが、それは帝国にとって “ 使い捨て ” の兵器に過ぎなかった。
「王の方針が変わった。 “ 制御困難な部隊は危険 ” だとな。」
“ 粛清 ” という名の命令が下った。
ヴォルグは言葉を止める。
喉の奥で、なにかが引っかかっているようだった。
「俺は命令に従った。自分が育てた子どもたちに “ 反逆者 ” の烙印を押して、処刑した。」
その場が凍る。
「信じてた。王が正しいと。戦が終わるなら、どんな犠牲も払うべきだと――思ってた。」
リヴァが口を開く。
「……お前は、それを後悔してるのか?」
「後悔だけなら、ここに来ねぇよ。」
ヴォルグは塔の残骸に歩み寄り、そこに刻まれた “ 印 ” を指でなぞった。
それは、灰狼の紋章――
彼が、死者の骨を埋めた場所。
「俺はあいつらを “ 兵器 ” にした。戦場でしか生きられない体にした。で、捨てた。……俺が殺したのは命じゃねぇ。希望だ。」
灰が舞う。死者たちの声が風に溶ける。
「……今さら、許しを乞う気か?」
リヴァの言葉に、ヴォルグは首を横に振った。
「違う。これは “ 俺の罰 ” だ。背負って終わらせるだけじゃ足りない。……この焔を、もう一度誰かのために使う。それが、唯一の償いだと思ってる。」
「戦うことで?」
「違う。生かすために、戦う。」
静寂があたりを包む。
カーヴァが口を開く。
「お前が何をしてきたかなんて関係ねぇ。……俺は今のお前の “ 焔 ” が、本物かどうかだけ見る。」
リヴァもまた、頷いた。
「それが “ ヴォルグ ” という男なら……背中を預けられる。」
風が灰を巻き上げる。
そこに、かすかに灰狼の紋章が刻まれていた。
かつての “ 子どもたち ” の記憶。
彼らの声は、もはや風の中にも残っていない。
それでも、ヴォルグは静かに大斧を背負い直す。
「進もう。……俺は、この焔を消さない。」
その瞳には、過去に焼かれた男の “ 黒い誓い ” が宿っていた。
