あの日から、いくつもの夜が過ぎた。
幾度、月が満ち欠けを繰り返しただろう。
リヴァは、カーヴァ、ヴォルグ、そしてネイラと共に、静かに新たな旅路を歩んでいた。
風が吹き抜ける断崖の山路を、霧が這う冷たい谷を、古の森を、時に言葉少なに、時に笑い合いながら、彼らは進んでいた。
だがリヴァの胸には、いまだ晴れぬ影が居座っていた。
それは、名もなき痛み――魂の奥に残った棘のようなもの。
――ジュダス。
あの塔で交わした、わずかな言葉。
交錯する剣の先に感じた、奇妙な “ 共鳴 ” 。
そして、別れ際に胸を貫いた、名状しがたい「未完」の感覚。
終わったはずの戦いの中に、終わりきれなかった何かが残っていた。
確かに覚悟は決めたはずだった。だが今なら――
あのときとは違う「答え」が見つかるかもしれない。
ふと立ち止まり、リヴァは空を仰ぐ。
雲の裂け目から射し込む月光が、旅の道筋を淡く照らしていた。
風が髪を揺らし、草の匂いが過去を呼び起こす。
(……あいつとは、まだ終わってない)
その想いは、確信に近かった。
そんなある日。
再び “ 黒き外套を纏いし旅人 ” が姿を現す。
風も足音もなく、ただ影のように現れ、外套を揺らすことすらなく、口を開く。
「 “ 鍵 ” は、いまだに君を待っている」
それだけだった。
だが、それだけで充分だった。
胸の奥で鈍く燻っていた何かが、音もなく、静かに火を灯す。
まるで失われた記憶が、深層から呼び覚まされたかのように。
迷いは霧のように晴れ、視線がまっすぐに未来を見据える。
「……行くぞ」
その小さな呟きに、カーヴァが眉をひそめた。
「前に言っていた…ジュダスのところか?」
リヴァはコクリと頷く。
その目に宿るのは、揺るぎなき意志。
「ジュダスを探す。……今度こそ、はっきりさせるために」
ヴォルグが鼻を鳴らし、唸るように笑った。
「魔界四傑最期のひとり、深淵のジュダスか…… やれやれ…また面倒な旅が始まりそうだな」
だがその声音には、呆れよりも懐かしさと興奮が滲んでいた。
ネイラも小さく肩をすくめ、穏やかに微笑む。
「リヴァが行くなら、私もまいりましょう」
三人の顔を見回し、リヴァは静かに、だが力強く頷いた。
その瞬間、雲間から光がこぼれ落ちる。
天から差す一条の月光が、彼らの足元を照らし出した。
まるで、見えざる意志が道を示すかのように。
こうして――
再び、運命をたぐり寄せる旅が始まった。
かつて交わされた “ 未完の誓い ” を、今度こそ果たすために。
