塔の最上層。石と影に包まれた静寂の空間。
ひとときの緊張の後、ジュダスは言葉もなくその場に立っていた。
その姿はあの時と変わらない。
深く黒い法衣、眼差しの奥にひそむ沈黙。
だが、どこか――あの頃よりも、静かだった。
「……久しぶりだな、リヴァ」
その声は、風が渦を巻くように響いた。
懐かしさにも似た、鈍い痛みを伴って。
リヴァは一歩、踏み出す。
「聞きたいことがある。答えてくれるか?」
ジュダスはわずかに目を細めた。
「君が “ 何を知りたいか ” によるな」
ふたりの間に、空気の裂け目のような沈黙が落ちる。
リヴァは迷いなく言った。
「お前は、何を信じてここにいる?」
その問いに、ジュダスは口元をわずかにゆるめた。
微笑とも、憐憫ともつかない、感情の底を撫でるような表情。
「信じる、か……ずいぶんと人間的な問いだな。 私には、世界が “ 壊れゆく構造 ” にしか見えない。正義も秩序も、欺瞞に満ちた演劇だ」
「それでも……お前は生きている。こうして、俺の前に立っている」
リヴァの声はかすかに震えていた。
怒りでも、恐れでもなく――迷いにも似た、名前のない想い。
ジュダスはゆっくりと顔を上げた。その眼は、深淵を覗く者のものだった。
「お前には見えるのか? あの光の先に “ 答え ” が」
「……見えない。けど、それでも歩く。立ち止まれば、本当に終わるから」
その一言に、ジュダスの瞳がかすかに揺れた。
それは、かつての “ 同胞 ” の影が、今も心のどこかに残っている証。
リヴァがさらに踏み込もうとしたそのとき――
突然、塔全体が低くうねるような音を立てた。
足元が揺れ、壁に張り巡らされた紋章が、赤黒い光を帯び始める。
「……この気配……! “ 深淵会 ” の封印が、解かれつつある……?」
ネイラが目を見張る。
その背後では、ヴォルグが斧に手をかけ、警戒を強めていた。
「おい……ジュダス。てめえ、何を企んでやがる?」
だがジュダスは、塔の奥へと目を向けたまま、低く呟いた。
「来たか。……彼らの “ 信仰 ” は、もう私の手には負えん」
彼が口にしたのは、明らかな “ 他者 ” の存在だった。
リヴァが眉をひそめる。
「どういうことだ?」
ジュダスは、静かに振り返る。
「私はただ、彼らに “ 答え ” を与えなかった。それが、結果として一つの “ 神 ” を生んだ。 ……彼ら自身の中に、ね」
塔の奥に潜む “ かたちのない神 ” ――
それは、ジュダスの意思を離れて育ってしまった信仰の果て。
制御を失った熱狂の渦。
リヴァは理解する。
ここにいるのは、かつて敵対した “ 理 ” の存在ではなく、己の信じたものに裏切られ、なおもそこに立ち続ける者――ジュダスなのだ。
「……ジュダス。お前もまた、試されてるんだな」
その一言に、ジュダスは静かに目を伏せる。
「そうかもしれないな。ならば君は――」
問いの続きを、リヴァは自ら断ち切った。
「――一緒に、終わらせよう」
そう言い切ったその時、塔の深部から呻くような咆哮が響き渡った。
“ 何か ” が目覚めたのだ。
ジュダスを神と仰ぎ、歪めた信仰の果てに生まれた存在が。
