塔の深部より響いた咆哮は、空気を震わせ、石壁を軋ませた。
それは、神にも似た、否――信仰の狂気が形を得た存在。
名もなきそれは、ジュダスの沈黙を神と見なし、自らの中で “ 象徴 ” を育てあげた深淵会の残骸だった。
巨大な影がゆっくりと姿を現す。
それは肉体でも魂でもなく、信念が腐り落ちた末に生まれた空洞の神。
幾重にも折り重なる人の顔が歪んだ仮面のように重なり、幾千の声が呪詛のように渦巻く。
リヴァが剣を抜いた。
「……これは、もう信仰じゃない。 “ 狂気 ” だ」
「私が放置した結果だ」
ジュダスの声は低く、悔恨の滲むものだった。
「否定も肯定もせず、答えを与えずに、彼らの問いから逃げた。……その報いだ」
その言葉に、リヴァは一瞬だけジュダスを見た。
そして、何も言わず前に出る。
「じゃあ、終わらせよう。俺たちで」
咆哮とともに “ 神 ” が塔を震わせる。
その存在が放つ波動に、ネイラが膝をつく。
ヴォルグが叫んだ。
「チッ……空気が重い! 生きてるだけで精神が削られるってか!」
ネイラが霊符を展開し、即座に結界を張った。
「長くは持たないわ。決着をつけるしかない!」
リヴァが駆け、剣を振るう。だが影は実体を持たず、刃をすり抜ける。
ジュダスがその後に続き、詠唱とともに空間を裂くような呪を放った。
「それは “ 信仰の亡霊 ”だ。ならば “ 信じる意志 ” で、上書きするしかない!」
ふたりの魔法と剣が交錯し、虚ろな神を切り裂くたびに、塔が軋み、空が鳴る。
リヴァは、ジュダスの背に問いを投げかけた。
「お前は……この世界に何を残したい!」
ジュダスは一瞬、剣戟の中で沈黙した。
だが次の瞬間、彼は言った。
「希望でも絶望でもない。 “ 問い続けること ” そのものを残したい」
「なら……俺たちは同じだ!」
力が交わった。
リヴァの剣に、ジュダスの呪が重なり、
虚構の神の心臓部に、真の“意志”が突き刺さる。
――その刹那、塔全体が光に包まれた。
やがて、すべてが沈黙し、影も狂気も霧散していた。
灰のように崩れた “ 神 ” の残骸が、静かに虚空へと吸い込まれてゆく。
長い闇が、終わった。
やがて、崩れ落ちる残骸を見つめながら、ジュダスはぽつりと呟く。
「……本当は、まだ迷っていた。私は誰にも答えを与えられない。なのに、君たちと並ぶ資格があるのかどうか」
「答えがあるかどうかじゃない」
リヴァが真っ直ぐに言う。
「共に歩きたいと思ったなら、それで充分だ。俺たちは、誰も完成なんてしてない」
沈黙の中、ジュダスは初めて、ほんのわずかに口元を緩めた。
「……ならば、もう少しだけ。君たちと “ 問い続ける ” 旅に付き合おう」
カーヴァが小さく肩をすくめた。
「……正直、よく分からねぇが。まあ、話だけは妙に筋が通ってたな」
ネイラが、どこか安心したように小さく頷いた。
「迷いながらも、前に進もうとしている。それだけで、十分です」
ヴォルグは鼻で笑って言う。
「また厄介そうな奴が増えたな……だが、やる時はやるみたいだ」
月光が、塔の上空から差し込んでくる。
静かに、だが確かな足音で、一行は歩き出す。
それぞれの未完のままの想いを抱えて。
こうして、かつて別たれた道が再び交差し、
リヴァとジュダス、そして仲間たちの旅は、あらたな章へと進み始めた。
その先に何が待つのか。
答えは、まだ――誰も知らない。
