闇が、ほんのわずかに色を変えはじめていた。
塔を降りた先、まだ冷たい大地の上に、ひとつの焚き火が燃えている。
音はない。ただ風が、灰を運ぶ。
ジュダスはその炎の前に座り、指先でゆっくりと、手帳のページをめくっていた。
そこには、過去の記録――いや “ 問い ” ばかりが書き留められている。
「絶対とは何か。神とは誰のことか。……人は、なぜ信じるのか」
声に出すつもりはなかったのに、ひとつひとつが、火の粉に似た言葉となって夜に溶けていく。
気配に気づく。 ふと顔を上げると、リヴァが黙って隣に腰を下ろした。
「眠らないのか?」
「……昔から、こういう夜は眠れない性質でね」
「わかるよ。俺もだ」
ふたりの間に、言葉以上のものが流れる。 それは戦いを越えた静寂。
語らずとも、共有された痛みと、決意と、いくらかの希望。
やがてリヴァがぽつりとつぶやいた。
「お前が “ 問い続けること ” を選んだのが、なんだか……少し、嬉しかった」
「なぜ?」
「だってそれは、止まらないってことだろ。迷い続けるのは、前に進みたいって証拠だ」
ジュダスは驚いたようにリヴァを見つめたが、すぐに目を伏せ、炎に目を戻した。
「君たちと出会わなければ、私は……ただ沈黙の中で終わっていた」
その言葉に、リヴァは笑わなかった。
ただ火を見つめたまま言った。
「じゃあ……これからも、一緒に迷おうぜ」
「……ああ」
ふたりの影が、ゆらりと火の中で揺れる。 夜明けは、まだ遠い。
だが、その手前の静寂にこそ、何かが確かに芽生えていた。
そして、誰も気づかぬ場所で。
崩れた塔の最奥、かつて “ 神 ” がいた空間に、ひとつの残骸が残されていた。
それは “ 仮面 ” のようなもの。
無数の顔が歪に重なったそれは、やがて崩れ、風に還った。
その灰が舞う空の彼方、まだ見ぬ問いが、またひとつ、生まれようとしていた。
